【 将軍実記〜家康問答〜 】

日記

唐突に始まる家康問答!

 

趣旨

 

徳川家康である

さあさ、皆の者よ

此度も我がしたためし書をよく読んでくれた

みなとこの電子日記帳にてやりとりができることを心から嬉しく思う

皆が健やかに日々を過ごせる事を祈っておる

 

 

前問答の答え

 

問:徳川政権の将来に亘る安定を図るため、

儂徳川家康の九男、十男、十一男を藩祖に後に御三家が設けられましたが、

御三家筆頭・尾張徳川家の藩祖となったのは誰じゃ

 

 

答:二、義直

 

 

義直は儂徳川家康の九男である

 

母は於亀の方で、慶長五年(1600)十一月二十八日に大坂城で誕生した

 

十男・頼宣、十一男・頼房と共に、駿府に居城を移した儂の膝下で教育を受ける事ができた点が他の兄弟たちと異なるのぅ

 

慶長八年(1603)に甲斐二十五万石、同十二年(1607)に尾張五十三万石の領主となるが、駿府の儂徳川家康のもとで育ち、名護屋城に入ったのは元和二年(1616)になってからの事じゃ

以後、木曽の山林や美濃(岐阜県南部)で五万石を加封するなど御三家筆頭として優遇を受け、

同五年(1619)には六十一万九千石となったのである

 

 

。。。

 

 

 

問答

問:徳川御三家とは、尾張徳川家、水戸徳川家とどこの徳川家であろうか

 

 

 

一、会津

 

二、越前

 

三、紀伊

 

四、一橋

 

 

。。。

 

 

 

では答えは次回の発表であるぞ。心待ちにせよ。

 

 

家康

 

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