【第三回・将軍直伝の寺子屋】〜戦国の食(後編)〜

日記

【第三回・将軍直伝の寺子屋〜戦国の食(後編)〜】

コロナなる流行病にて遠方にはいけなくなった

定期的に江戸(渋谷・道玄坂)にて開催しておった「schoo」なる学び舎での講義も叶わぬ

さりながら、伝えたきことは依然あり、伝える法はどれだけでもある現世

ではこの際形を変えて皆には復習を兼ねて振り返り講義を届け、

流行病収束の暁には、皆がよりわかった状況で講義が受けられるよう

ここに記して参る

叶えば連続十二講座をまとめて参るでな、しっかと愉しむがよい

講義(後編)

もくじ

 

 

第一回の講義前編を見たき者は、これへ参れ http://busho-tai-blog.jp/wordpress/?p=968

此度は、四から六を説明して参ろうぞ!

 

待ってました!

待ってました!

 

 

 

 

四、殿様の食事

殿様の食事(普段)

一汁一菜。。。ではなく一汁三菜じゃ

要は茶碗の米、それから汁物一つにおかずが三つ
飯、味噌汁、たくあん、餡掛け、長芋、松茸、あわび、玉子焼き…
これは誠に豪華な方じゃ
殿様の中でも贅沢をすることが好きな大名の食事じゃな
儂徳川家康はこの半分ほどじゃった

家康様小食じゃん

殿様の食事(御馳走)

 

そしてこの大名がご馳走を食べたいと言った時はこれぐらいじゃな
一番右側が先付けけでレンコン、酢の物
1番左が焼魚じゃ
こう言ったものがあると大ご馳走である
現世の者たちには粗末なものに見えてしまうやもしれんが特に魚が食べられると言う事は財力の証であった

なるほど。。

五、饗応料理

饗応料理と言うのを聞いたことがあるか

饗応料理?聞いたことないわねぇ

これはおもてなしをするための料理と言う意味じゃ
例えば大名が大名を迎える時など
本能寺の変
これは信長殿が儂徳川家康をもてなすための接待が原因と言われておるんじゃ。。

え?

どういうこと?!

明智光秀殿は信長殿の1番の家臣だったわけなんじゃが、
儂徳川家康の接待役を急遽辞めさせられてしまい、それに怒った明智光秀殿は今までの積年の恨みも込めて突発的に裏切ってしまった。。と言うのが一説である

初耳です!

儂徳川家康を迎えるためのものだったんじゃが、こんな豪華さでは実はなかったんじゃな

 

信長殿が家康をもてなす為の料理

見てみよ
信長殿が儂徳川家康をもてなす料理はこのようなものであった
これは一の善から数えてみると8つほどあるわな

私こんなに作れないわ。。

それぞれ運び込まれてくる時もあれば、ドンっと運び込まれてくることもあるんじゃが。。
朝から晩までずーっと続くんじゃ
途中で能や狂言、歌や舞が一日中。。。
そういったものがあったのじゃ

なんか。。色々。。すごいですね。。

このようなものが先程のこれにあたるんじゃな

これほどの差があるわけなんじゃ

大大名の一年に一回の大御馳走よりも豪華ということなんじゃな

圧倒的な差ですね

 

 

 

 

六、徳川家康の食事

麦飯

儂は麦飯を食べておったんじゃ

お腹空いてきました!

 

 

米の関ヶ原の合戦時に発芽玄米?

 

そして関ヶ原の合戦時に発芽玄米を儂は食した

常日頃、命は食にござり生米は水に浸しておけ と関ヶ原の合戦時に言ったのじゃ

どういうことかと言うと、朝も早くから戦をしとるとだんだん疲れていき、

合戦が激化すると食べる余裕もないわけじゃ

その時に急に米を炊くことができんじゃろ?

だからと言って生米を食べると腹が痛くなる。。そうするとまた活力が下がる。。

かかるときには飢えに迫り、生米を食らうてしまうものじゃ

さすれば腹も痛くなる

米をよくよく水に浸して食するべし

私は直に軍に命じたわけじゃ

徳川家康が実践した戦国一の食養生

儂は当時から、命と食に関して密接な関わりがあると言うことを理解しておったのじゃ
実践したことと申せば。。。
儂は季節外れのものは口にしなかったんじゃな
このような事があった。。。
信長殿から冬に季節外れの桃が送られてきたんじゃ
冬に桃…珍しいじゃろ?
これは考えてみると、このようなことが天下人はできるのかと周りの者たちが驚き関心をしたんじゃが儂はそれはなかなか良いとは思わなんだ
何故ならば、自然の摂理に逆らったものが体に入ると言う事は自然の摂理を損なうのではないのかと言うことでな
儂はそれさえも断ったのじゃ
これを又聞きした武田信玄殿はわしを賞賛しての
こんなことができる徳川家康は後々大きな男になるぞと記述に残していたぐらいじゃ。。

家康様すごいじゃん

 

。。。

あ、ありがとさんじゃ。。

 

 

 

以上、戦国の食〜後編〜であった!!

家康

 

コメント

  1. 相州姥桜 より:

    将軍様、お早うございます。
    久方ぶりにご講義の復習が出来、喜びつつ改めて納得いたしました。
    饗応料理は他国に力を示すためのものでもあったこと。そこに些細でも不手際があればきついお叱りを受けるは当然。光秀様謀反の理由がそれとは限りませんが、この辺りを「麒麟がくる」でどのように描かれるのかも楽しみになってきました。
    また、健康に気をつけ兵の腹具合にまで留意される家康様の深いお考えに感動しております。
    健康おたく…否、ご関心が高いと言うと伊達政宗様を思い浮かべますが、政宗様も家康様の影響を受けておられたのでしょうね!

    次の講義も楽しみにしております。

  2. 香織 より:

    自分が食べるご馳走とおもてなしのご馳走は種類も量も違ってもてなしの料理にはすごい力入ってるって感じがしますけどそれもやっぱり共闘する者同士の信頼というかそういう気持ちから美味しいものを食べて交流を深めて行く事に繋がってたりするのかな?(〃´ω`〃)

    でも季節のものは旬に食べる事や発芽玄米とか健康的な生活な感じですけど講義を聞くと家康様て戦国時代の人だけど現代の人の考え方を持ってる人て感じがします(〃´ω`〃)☆

    お殿様の食生活も豪華なイメージですけど見た感じはちょうど良い量?に見えましたし、、当時て料理方法もあんまりなかったんでしたっけ?(〃’ω’〃)何かで今は普通だけど当時はなかった料理方法みたいのがあったような??そういうのもあって量というか種類も限られたりしてくるのかな?(〃´ω`〃)

    食から当時が見えるのも戦いだけでなく歴史の中にある、過ごす毎日が知れるのもより深く時代を知れるから良いですね(〃´υ`〃)♪☆

  3. 結月 里洋 より:

    お久しぶりです!

    絆の生電話、嬉しかったです!!

    食は、奥深いなと改めて想いますm(_ _)m

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