十吾、名句を読む  正岡子規 殿

日記

十吾で御座る

 

暦の上では秋、と言いながら、暑い日が続いておりまする

 

以前、名句として小林一茶殿の句を読み申しました

十吾、名句を読む  小林一茶 殿
十吾で御座りまする 拙者、昨年の秋頃より、俳句を詠むようになりました 名古屋おもてなし武将隊のついったぁにも、#十吾が一句 と題して幾つか句を詠んでおりまするが、拙者のいんすたぐらむでの句は二百を超えました! さりながら、ただただ句を詠む以...

 

 

此度はそれに引き続き、

正岡子規殿の秋の句を読み解いて参りまする

 

一、正岡子規の半生

先ずは、子規殿の生涯を追って参りましょうぞ

慶応三年十月十四日
旧暦にして九月十七日の今日、
伊予国愛媛県松山市にお生まれ。

 

かつては政治家を志しておりましたが、やがて文学者を志す様になられました。

 

明治二十八年、日清戦争に従軍後、帰国途中に喀血。

以後、永く床に伏せるも、文学上の仕事は活発化し、翌二十九年には三千以上の俳句を残されました。

 

しかしながら明治三十五年九月十九日、三十四歳にしてこの世を去られました。

 

二、正岡子規・絶筆三句

そんな正岡子規殿、病と戦う中に詠まれた有名な句が三つ御座りまする

それが絶筆三句と呼ばれるもの

糸瓜咲て痰のつまりし仏かな

痰一斗糸瓜の水も間に合はず

をととひの糸瓜の水も取らざりき

以上の三つ
全ての季語に糸瓜(へちま)が使われておりまする

 

それぞれの句を読み解きましょうぞ!

糸瓜咲て痰のつまりし仏かな

そもそも糸瓜から取れる水は、喉の痰を濯ぐ薬として使われておりました

この句は、薬となる糸瓜の花を前にしながら、死ぬ程の苦しみを受けている、という意味で御座りまする

 

痰一斗糸瓜の水も間に合はず

こちらも病に伏せ、苦しむ中での句で御座りまする
痰“一斗”というのは、沢山のという意味。
一方で糸瓜の水は去痰薬とはいえ、絞り出されるのは一滴ずつ

“一斗”の痰と一滴の“糸瓜の水”とで対比となっておりまする

病を癒すのに、糸瓜の水では足りぬ、間に合わぬという意味の句で御座る

 

をととひの糸瓜の水も取らざりき

この句の“をととひ”とは、九月十五日、すなわち十五夜でござるそうな

薬となる糸瓜の水、中でも十五夜に採れた糸瓜水は、特に効き目があると言われておりました

つまり、効き目のある十五夜の糸瓜水を摂れず、病が酷くなるのをただ待つしかできない、という諦念の句で御座る

そしてこの句を詠んで幾日、子規殿は息を引き取ることとなりました

病に苦しむ中でも、筆を止める事なく句を読み続けた子規殿、真に見事な俳人で御座る

三、糸瓜で一句

そんな子規殿の半生と句を学び、拙者も一句詠みまする

糸瓜水を薬にし、少しでも長く生きようとした正岡子規殿

拙者はその願いを胸に、現世での戦へと励んで参りまする

此度はこれまで!
皆様もご存知の俳句から、ともに楽しんでまいりましょうぞ!

コメント

タイトルとURLをコピーしました