【 将軍実記〜家康問答〜 】

日記

唐突に始まる家康問答!

 

趣旨

 

さあさ、皆の者よ

此度も我がしたためし書をよく読んでくれた

今までは、大河を祝し我が人生にまつわる問答をもとに繰り広げておったが

皆の要望もあり、続けることとなった

故に、これよりも我が人生を通じて主らの生きる手助けになれば幸甚である!

 

 

 

 

前問答の答え

 

問:一六一五年、大坂の陣を終結させ戦乱の因(もと)を取り除いた儂徳川家康は、朝廷に願い元号を「元和」と改め、これより平和な時代が始まることを内外に宣言いたした

これを「元和偃武(えんぶ)」と呼んでおるが、「偃武」とはどんな意味であろうか

 

 

 

 

答:二、武器を収め、使用やめる

 

 

 

「書教」の「偃武修文」、「武器を収め、文を修める」が元となっておる

 

元和という年号も「和」の「元」で、日本全国の大名や武将に、徳川幕府を中心に、時代が大きく平和国家建設に向け動き出したことを宣言したものじゃ

 

幕府の強権で武器を没収するのではなく、それぞれの大名や武将が、自らの意志で、武力による問題解決を放棄するよう求めたのが、「偃武」である

 

。。。

 

 

 

 

問答

問:元和二年(1616)、儂徳川家康は遺言で、遺体は久能山に葬ること、葬儀は江戸の増上寺で執り行うことなどを命じたが、位牌はどこに置くよう命じたであろうか

 

 

一、江戸・寛永寺

 

二、岡崎・大樹寺

 

三、川越・喜多院

 

四、清水・清見寺

 

 

。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では答えは次回の発表であるぞ。心待ちにせよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家康

 

コメント

  1. 善か朗 より:

    周年祭も無事に拝見することができ、安堵しております。
    なかなか休む間も無く戦が続きますので気は抜けませぬが。
    ナゴヤ座の皆さんとも楽しそうなお写真ですね。
    良き時のようです。

    この度の問答は
    二、岡崎・大樹寺

    歴代の将軍の位牌を拝見いたしました。
    何か空気の重たい荘厳な空間でありました。

  2. Pちゃんママ より:

    大御所様
    何時の間にやら「涼しい秋」をスッ飛ばして(!?)「寒い冬」がやってまいりましたが、大御所様に於かれましては息災でお過ごしの由…祝着至極に存知ます。
    さて早速ですが此度の御下問のお答えは
    二、岡崎 大樹寺にございましょうか?
    大河ドラマ「どうする家康」が放送されている際中、岡崎の三河武士の館を改装した大河ドラマ館にまいりました。その折、ちょっと足を延ばして松潤殿もお詣りされた大樹寺へお詣りにまいりました。
    大樹寺には歴代の将軍の背丈(身長)と同じ高さの御位牌が奉ってある場所があったように記憶しているのですが…!?
    周年祭も終わりお疲れの事かと存知ますが、風邪等引かれませんよう御自愛下さいませm(_ _)m
    ご機嫌よう…

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