【 将軍実記〜家康問答〜 】

日記

唐突に始まる家康問答!

 

趣旨

 

徳川家康である

さあさ、皆の者よ

此度も我がしたためし書をよく読んでくれた

みなとこの電子日記帳にてやりとりができることを心から嬉しく思う

皆が健やかに日々を過ごせる事を祈っておる

 

 

 

 

前問答の答え

 

問:慶長八年(1603)、儂徳川家康が幕府を開いた場所はどこであろうか

 

 

答:一、江戸

 

 

室町幕府も豊臣政権も絢爛(けんらん)な公家文化に近過ぎたところに問題があった

 

政権の安定は平和な世に欠かせぬ

庶民が心穏やかに暮らせれば、経済や文化は自ずと発展し、国政は良い回転に入るのじゃ

 

京や伏見では問題外、
岡崎でも京に近過ぎた

鎌倉幕府や室町幕府を開くのに三河武士が大きな役割を果たしたのは京に近い位置におったからじゃ

 

安定のためには適当な距離が必要であり、江戸はその条件に適った土地であった

 

 

。。。

 

 

 

 

 

問答

問:慶長八年(1603)、
後の徳川ご三家のひとつ、水戸徳川家の初代・頼房が生まれたが、長男の信康からこの頼房まで、儂徳川家康には何人の男の子がおったであろうか

 

 

 

一、三人

 

二、九人

 

三、十一人

 

四、 十六人

 

 

 

。。。

 

 

 

 

では答えは次回の発表であるぞ。心待ちにせよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家康

 

コメント

  1. 善か朗 より:

    直垂と扇の色が緑に映えて美しいです。
    とうとう暑さも弱まってまいりましたので
    袖の長い衣も用意しなければなりません。

    この度の問答は 三、十一人 でしょうか?
    義直様が9人目で11人目までは御三家でいらしたような・・・

    10月、秋はすぐ行ってしまうのでしょうか。
    もう少しゆっくりしていってほしいものです。

  2. Pちゃんママ より:

    大御所様
    和傘のお色に直垂姿、お扇子美しい色合いにございますな!
    もう神無月にございますれば
    夏装束も今年の見納めにございましょうか?
    さて今回の御下問のお答えですが
    三、十一人にさせて下さいませ
    理由は某時代劇で頼房公が自身の身分を、光圀公に話して聞かせる場面があったような…?
    ところで電波戦への復帰、祝着至極に存知ます!
    戦国音絵巻から約三年…大層懐かしく楽しいひと時にございました!
    次回も楽しみにお待ち申し上げております!
    それではこれにて…ご機嫌よう!

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