【第三回・将軍直伝の寺子屋】〜戦国の食(前編)〜

日記

【第三回・将軍直伝の寺子屋〜戦国の食(前編)〜】

コロナなる流行病にて遠方にはいけなくなった

定期的に江戸(渋谷・道玄坂)にて開催しておった「schoo」なる学び舎での講義も叶わぬ

さりながら、伝えたきことは依然あり、伝える法はどれだけでもある現世

ではこの際形を変えて皆には復習を兼ねて振り返り講義を届け、

流行病収束の暁には、皆がよりわかった状況で講義が受けられるよう

ここに記して参る

叶えば連続十二講座をまとめて参るでな、しっかと愉しむがよい

講義(前編)

まずは、本講義に「戦国の食」について皆に印象を聞いた

質素。

米騒動!

ヒエやアワを食べてたとかかなぁ。

 

等があるようじゃ

 

まだまだ食うに困る国もあるが

日本においては飽食の時代

ありあまる食料の今とは違うという認識はしかとあるようじゃな

もくじ

第一回の講義前編を見たき者は、これへ参れ http://busho-tai-blog.jp/wordpress/?p=968

此度は、一から三を説明して参ろうぞ

一、食生活

民と武士

これには歴然とした差があったわけではない

何故ならば、戦国時代のほとんどは戦いと農作業は兼業で

農民が戦いの時だけ武士になる時代であった

じゃが、合戦時には武士はたらふく食えるだけの配給があるときもあり、

また、大名のように位の高い武士は、豪華なものを口にすることができた

そして、比較て武士の方が塩気の多いものを好んで食べた

食事の回数

これは、基本的に食事の回数は二度ほどであった

これには決まりはないが、朝仕事の後に食べ、夕刻にもう一度食べるのが多い

そしてこれも合戦時には特別に食べる機会が増える

多い場合は五度ほど食べた

腹が減っては。。。

戦はできる!

「ぬ」じゃな

主食は?

ではなく

麦飯や今で申すところの雑穀米じゃ

 

味噌の重要性

味噌というのは重要でのう。。。

お、伊達政宗が登場じゃな

御塩噌蔵と申して、国内初の味噌工場を建てた男である

がしかし、ここは主に赤味噌だで儂が説明致すでよい

いや、強引にかぶさってくるでないぞ杜の都が主よ

控えよっ

どどん

儂「わかったわい、味噌と申せば伊達政宗でよい」

・・・

合戦時、特に味噌は有用であった

汗をかき、必死の戦いに栄養を欲する武士のとって、味噌に含まれる

塩分、たんぱく質、みねらる、必須あみの酸などを豊富に含んだ味噌は

まさに万能であった

二、主食

主食は玄米?

主食とまではいかぬが、米を食べるときは玄米であった

そして白米も精米技術から今のような白きものではなかった

米の食べ方・調理法

下の四つに別れておったのう

 

強飯(こわい):焼いたり炊いたりしたもの、硬い

弱飯(ひめ):炊いたり、煮たりしたもの、今のものとほぼ同じ

干飯(ほしいい):一旦炊いたものを乾燥させて、そのままや水戻しして食べた

そのた: 混ぜ飯、焼き飯、餅

ずんだ餅!

ずんだ餅!

また出てきたのう、ひかえよっ

ずん!

前にですぎじゃ!

ずんずん!

儂「もはや何も見えん!」

米飯と麦飯

麦飯をようけ民を中心に食べたものじゃが

理由は米飯は何倍も高かったからじゃ

そして、大切に米飯は保存をしておき資産のように扱うときもあった

さらには贈答品や褒美としても活用されたのじゃ

ちなみに、

一汁一菜と申して

飯に汁物そしておかずとして漬物などが一般的な一回の食事であったぞ

実際の量をみてみよ

こんなけじゃ

どうじゃ、足るか?

これで、一日二食で健やかに働いたものじゃ昔はのう

三、兵糧

戦は長期戦、役者、兵卒の食も

戦は長期戦となることも、考えておかねばならぬ

そのため、食料を十分に供給する必要もあった

そこで役立ったのが、役者(専門技術者)

料理を担当したり、医術で皆の健康をまもるもの、また適切な食料量を算術で導き出す者、そして忍者も在った

兵糧は配給された一般のもののほかに

腰兵糧

腰兵糧として携帯用に干し飯や味噌や兵糧丸をもってでたものじゃ

いまで申すところの「一本満足」であろう      

さて、儂に何か聞きたき儀があれば、戦国の食についてきくがよい

主の疑問は他の者の疑問でもあろう

そshちえ

此度参戦の、奥州の覇者伊達政宗にも拍手を

流石の伊達者であったのう

次回の出陣はあるのか否か!

以上、戦国の食〜前編〜であった!!

家康

コメント

  1. 相州姥桜 より:

    将軍様
    schooで拝見した時も楽しゅうございましたが、此度も大変興味深く拝読致しました。
    配信の後で政宗様が返文の入力が巧く出来んかったと嘆かれておいででしたが(笑)流石の存在感でございますね。
    多少、塩分多めではありますが、肥満や生活習慣病等、無縁そうなお食事。食べたい時に食べたいものを食べたいだけ食べられる今の食生活を見直す参考になると思いました。

    とは言うものの
    名古屋飯をたらふく食べに行くことを夢見る今日この頃でございます。

    • 黎明 より:

      お腹いっぱいになりそうな本文の中から思ったことを幾つか

      戦の時に兵糧が配られる際
      沢山の兵にどのような配られ方を
      したのか

      食糧はどのように確保して、どのように運ばれたのか(長期&長距離遠征の時など)

      動く絵巻物などで合戦の場面はよく
      再現されますが食事などに関する所謂おふたいむを見たいなといつも
      思っています

      というような質疑応答が出きるようになるといいですね

  2. 香織 より:

    戦国時代の食は読んでると今より健康的な感じがします(〃´ω`〃)
    玄米やお味噌に量は少なそうだけど(私は絶対足りないけどっ((〃´ω`〃))たぶんおなかにちょうど良い量なのかも?(〃’υ’〃)お米の食べ方も干飯?はなんか今でいうレンジで暖めて食べる感じに近いのかな?携帯出来る感じみたいですし当時からそうした工夫が考え出されてたのは食の知恵ですね(〃´υ`〃)☆味噌工場?も伊達様が最初なのも初めて知りましたけど味噌は日本全国で当時から食の中でも欠かせないものだったんだなぁて想いました(〃´υ`〃)食の大切さを当時の人もすごく解っていたからお味噌であったり食の工夫も考えて活かされて来たんだなぁて想うと日本の食の歴史も時間の中であらゆる形やものが出来て来たのかもしれませんね(〃’ω’〃)☆

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