大河開始(令和5年)まであと629日
【唐突に始まる家康問答!】
趣旨
これは、
「鳴かぬなら 大河で主役 ほととぎす」
と言われる、儂、徳川家康が令和五に注目を浴びるであろうとの報から、では事前に問答企画にて予備知識を皆に与え大河を百倍楽しもうではないかという趣旨である
皆と良き刻を過ごしたき我が想いよ、届け
前問答の答え
問:太原雪斎様は手習いの時間、孔子と弟子の子貢の間答を例に、儂(竹千代)に問いかけた。「国家には、食と兵と信がなければならん。何かの都合で国家がこの三つを供えられない場合、最後に残すものは何か」と。
答えに迷った儂(竹千代)じゃが、太原雪斎様
の求めた正解はどれであろうか
答:三、信
正解者よ、大儀であった
この問答は過去の大河ドラマ「徳川家康」に出てくる有名な問答である
幼き儂から大将の器を見出した太原雪斎様の思いと、その思いに応えて成長していく儂とのやり取りが描かれておる
この話は儂が自分の教科書とした『貞観政要』の問答に登場する話である。
。。。
儂、竹千代が雪斎様に教わる孔子の話が残されておる
孔子の弟子の子貢が「政治とは何か?」と孔子に問いかけると、孔子は「国家には食と兵と信が必要だ」と答えた
この話から、雪斎様は「ひとつしか選べないとすればどれを捨てる?」と儂、竹千代に聞く
儂、竹千代は「兵」と答えた
人は食べ物がなくては生きられませぬが、槍は捨てても生きられまする
それは正しいと雪斎様はいうが、その次は?と聞かれた儂、竹千代は「信がいらない」と答えた
「食」がなければ飢えるから一番大切だと思ったからじゃ
そこで雪斎様は首を振る
わずかな「食」を分け合うには「信」がいる
信じあえるゆえに人間なのじゃ
人間がつくっているゆえ、国というが、信がなければ獣の世界
獣の世界では食があっても争いが絶えぬゆえ生きられぬ
この言葉は今も我が考えに深く浸透しておる
名古屋を開府するときも参考になったものじゃ
。。。
第九問
問:儂、徳川家康が元服にあたり、これまでの竹千代に替え、名乗った名前はなんであったか
一、清康(きよやす)
二、信元(のぶもと)
三、信康(のぶやす)
四、元信(もとのぶ)
五、どうする家康(どうするいえやす)
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では答えは次回の発表であるぞ。心待ちにせよ。
皆からの質問
加え、皆からの質問に一つ直々に答えようぞ
故に知りたきこと、解らぬ事が在らば聞け
此度はこの質問に答えようぞ
幼き日の家康様(竹千代様)はまだ鯛の天ぷらなど口にする前は、どんな食べ物がお好きだったのでしょうか
答:竹千代の頃は、好きな物と申すより、満たしてくれる量を好いておった
我、三河の松平家は強大な今川そして新興の織田に囲まれ贅沢は環境的にできなかった
腹一杯まいにち食べたいと幼き頃は思っておった
曲がりなりにも大名の嫡男であったが故、それは経済的には可能であったが状況を幼き頃から知らされておったが故に自然と(まずは我が手で三河を豊かに)と思っておったぞ
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この問答企画で儂徳川家康を学び大河ドラマ“どうする家康”を百倍たのしもうではないか!
家康
コメント
雪斎様ってすごい方ですね(〃’∇’)意味を知るとなるほどですね(〃´υ`〃)
そう想うと信じる事は今も昔も変わらない大切な事ですね(〃´∇`〃)
今回は三番で(〃’ω’〃)
でも元康様じゃなかったでしたっけ?他にもあったって事でしょうか?(‘ω’)
大名の家柄で不自由がなさそうに想えても幼い頃から我慢や辛抱があったのかなって感じますけど、
幼いのに状況が理解してるのもすごいと想いますけどたくさん食べたいのに食べれないのもなんかちょっと悲しいというかそういう気持ちになりますね。
質問は浮かんだらまた書いてみます(〃’ω’〃)
将軍様
今日もためになるお話をありがとうございます。
更新を楽しみにしております。
厳戒の回答
選択肢を見る前に自信満々『松平元康様』と答えようとしたら…無い(^^;
暫悩んで思い出しました!
四、元信(もとのぶ)様
初名は元信様でしたね
危ない危ない(^^;
清康様はお祖父様、信康様はご長男、信元様は弟君でしたでしょうか。
知っているつもりを反省し、より深く家康様を知りたいと思います。
元は今川義元様の元でしょうか?
元信様は義元様をどのように思われていらっしゃいましたか?
人の心は難しいものですね。
答えは、3番にいたします!!
ふと
「三河武士の強さは、何だと想いますか?」
と気になりました!
なるほど、食べ物があっても争えば意味がないと。納得です。
そして竹千代様は幼いながらに色々と我慢してらっしゃったのですね。
さて今回は三と四と迷いましたが、烏帽子親は確か義元様であったと思いますので、
1文字をいただいて
四、元信(もとのぶ) にいたします。
家康様
こんばんは。
名古屋城と桜と家康様のお写真をありがとうございます。
3枚目と4枚目がいいなと思いました。
信がなければ獣の世界。
いつの時代にも通じることですね。
第九問は
4番 元信様 でお願いします。
質問ですが、「元信」の元は今川義元様の「元」だと思いますが、「信」もどなたかからいただいた文字ですか?
家康さま。おはようございます。
此度は「元服」がキーワードにございますね٩( ”ω” )و
元服は今川義元さまの下、義元の一字「元」をいただいたき
当時は「松平次郎三郎元信」と名乗られたとか。。。。。
ゆえに最終問答
四、元信(もとのぶ)
でお願いいたします。
家康さまが時代は出世魚がごとくお名前を変えられることができ羨ましゅうございます。
家康様
こんにちは!
いつも元気と笑顔と幸せ、そして思い出をありがとうございます!
家康問答、更新有難う御座いました。
今回の答えは
四、元信様 だと思います。
その後、祖父の一字をいただき、元康様へ変わったとも記憶いたしております。
でも、どうして変わったのか、変えたのかは記憶には御座いません。
教えていただけますか?
今回は意外とすぐに解りました。
何故、知っていたのかは解りませんが、
多分、家臣として十一年間、応援しているうちに何処かで聞き、
たまたま記憶に残っていたのでは・・・・・・
今日という日にありがとう!!