【唐突に始まる家康問答!】
趣旨
ようやく参ったこの時が
どうする家康年開始じゃ!
前問答の答え
問:儂徳川家康が、秀忠の妻・江姫に書いて渡したと伝わる「庭訓状(御婦美とも)」とは何を教示した書状であったか
答:四、わが子に対する教育、子育ての心得
正解者よ、大儀であった
儂徳川家康にとって心痛となったのが、秀忠と江姫の二男・国松(忠長)に対する偏愛ぶりであった
長男・竹千代(家光)は儂の命により、乳母・春日局の手で育てられ、二男の国松は自分の手で育てる事が許された
自分の手元にいる国松への愛情は自然と深り、
家臣たちも秀忠の後継者は国松と考えるようになっておった
この時に儂が江姫に宛てた戒めの手紙が「庭訓状」じゃ
「幼いものが賢いと言ってもそのまま育てば、一人前の年齢になった時、気ままな者になり、多くは親の言うことを聞かなくなるものである」
と諭し、家督争いを未然に防止する内容となっておる
。。。
第八十七問
問:大坂夏の陣で豊臣家が滅ぶと、儂徳川家康は朝廷に願い元号を「元和(げんな)」と改め、
全国に「元和偃武」を宣言した
元和は”平和のはじめ”という意味じゃが、偃武とはどのような意味じゃ
一、徳川幕府が武をもって国を治める
二、武器を武器庫に収め、文をもって国を治める
三、朝廷に代わり武士が世を治める
四、徳川幕府に従わない者から武器を取り上げる
五、どうする家康
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では答えは次回の発表であるぞ。心待ちにせよ。
皆からの質問
加え、皆からの質問に一つ直々に答えようぞ
故に知りたきこと、解らぬ事が在らば聞け
此度はこの質問に答えようぞ
大御所様に於かれましては我が子の教育に関して、如何思し召されて居られましたでしょうか?
答:子育ては信康の件で痛い目をみた
手塩にかけすぎによう心がけた
家康
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この問答企画で儂徳川家康を学び大河ドラマ“どうする家康”を百倍たのしもうではないか!
家康
コメント
家康様
二番 武器を武器庫に収め、文をもって国を治める
で、お願いします。
家康様の演武での口上?を思い出しました。