【 将軍実記〜家康問答〜 】

日記

唐突に始まる家康問答!

 

 

趣旨

 

さあさ、皆の者よ

此度も我がしたためし書をよく読んでくれた

今までは、大河を祝し我が人生にまつわる問答をもとに繰り広げておったが

皆の要望もあり、続けることとなった

故に、これよりも我が人生を通じて主らの生きる手助けになれば幸甚である!

 

 

  

 

前問答の答え

 

問:徳川四天王のなかで、年齢が同じなのはだれとだれであろうか

 

答:三、榊原康政と本多忠勝

 

 

榊原康政と本多忠勝は、共に天文十七年(1548)生まれで同じ年である。

儂徳川家康より六歳年下であり、二人は弟分のような存在で傍近くに仕えておった

永禄九年(1566)には忠勝が、翌永禄十年には康政が旗本先手役として大将となり、以来、遠江平定戦や武田氏との戦いで、我が徳川軍の精鋭部隊長として大活躍をしたのじゃ

特に元亀元年(1570)の「姉川の合戦」では、朝倉軍を相手に忠勝が敵の中央に斬り込み、不利になり始めた我が徳川軍を救うと、康政は側面から攻撃を仕掛け敵を退散させたのじゃ

縦横無尽に活躍するこの二人の武将は、敵方には大変な脅威だったであろう

 

。。。

 

問答

 

問:天文十八年(1549)、
八歳の儂徳川家康が今川家の人質となったとき、駿府に付き従った徳川四天王の一人はだれじゃ

 

 

一、井伊直政

二、酒井忠次

三、榊原康政

四、本多忠勝

 

 

。。。

 

 

 

 

では答えは次回の発表であるぞ。心待ちにせよ。

 

 

 

 

家康

 

コメント

  1. ちよこれいとすき より:

    家康様
     
    二番 酒井忠次
    で、お願いします。
     
    大河ドラマは終わってしまいましたが、映画のもしも総理大臣になったら…が楽しみです。
     
    今回のお写真は為三郎記念館ですね。
    インスタでの配信がありがたかったです。

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