100名城の旅、三十城目『白河小峰城』

日記

皆々、息災であるか

前田又左衛門利家である。

此度の日記帳は100名城の旅、三十城目。

いざ参らん!!

白河小峰城

此度紹介するは白河小峰城

東北三名城の一つで、

1991年に木造復元された天守はその美しさに加え、木造復元の先陣を切った存在として、以降多くの城郭復元を呼び込んだ重要な城郭といえよう。

此度はそんな小峰城を確と見ていこうではないか。

交通・行き方

JR東北本線『白河駅』より歩いて5分

百名城スタンプの在り処

小峰城は印判は

・小峰城三重櫓(天守)

・小峰城歴史館

・二ノ丸茶屋

・白河駅観光案内所

多くの場所でもらうことができるぞ。

白河小峰城の歴史

小峰城を築いたのは、

現世で何やら人気急上昇中の噂の結城宗広様、

の嫡男親朝様である。

南北朝の争いにて南朝方であった結城家は時流も味方して混乱の時代を生き残り戦国時代まで続いたのじゃが、

秀吉による奥州仕置にて結城家は改易されその後は蒲生や上杉の支城となった。

小峰城が今の形に改修されたのは1629年、

この地を収めておった蒲生家が相続問題で移封され、60万石あった蒲生家の領土はいくつかの大名家によって分割して統治することとなったのじゃ。

故に小峰城は白河藩の本拠となり、この地を任された丹羽長重殿が大改修を行ったというわけじゃ。

長重殿の父上は丹羽長秀様、安土城の普請を担当した日ノ本随一の築城名人であった。

長重殿も父長秀様と同じく築城名人で、見事な石垣造は現世でも評価が高いわな。

白河城は東北への備えとして重要な城であり、丹羽家が二本松へと移封となったのちには本多や榊原といった重臣格の家が城主を務めておる。

戊辰戦争では幕府方として薩長に激しく抵抗した激戦地でありその折りに多くの建物が燃えたと伝わっておる。

幕末の歴史を辿る上でも重要な拠点といえよう。

そして、この城を語る上で忘れてはならぬのが先の東日本大震災。

この地震でこの城は十ヶ所以上が崩落してしまったのじゃが、わずか5年で修復が完了し震災復興の一つの象徴となっておる。

見所

小峰城のみどころはやはり、

実に見事な石垣であるわな。

長重殿の手腕に驚かされる立派な石垣であろう。

続いては木造復元の三重櫓と

前御門である!

三重櫓が復元されたのは1991年。

日ノ本初の木造復元天守である!

今では木造復元された天守や櫓、御殿が増えて参ったがその先駆けとなったのがこの城なのじゃ。

いや、櫓と書いてあるではないかと思うものもおると思うが、

三重櫓という名ではあるが天守としての役割を担っておったために、日本最初の木造復元天守で間違い無いわけじゃな。

三重櫓に用いられた材木には戊辰戦争での戦で撃ち込まれた弾薬が見つかっておって、櫓の中でその跡を見ることも叶うぞ!

蛇足

白河小峰城は如何であったか!

石垣然り復元された天守然り、雄大さと優雅さを兼ね備えた良き城であろう。

城廻初心者でも楽しめて、玄人にももちろん楽しめる良き城である。

何よりも歴史的にも重要な拠点であるからのう、戦国だけではなく幕末が好きなものにも勧めの城であるぞ!

福島県にはこの城の他にも100名城が二つある上、小峰城を改修した長重殿が築いた人気の城、棚倉城も近くにあるで合わせて足を運ぶが良い!

それでは此度の城巡りはこれにて終いと致す。

つぎの100名城の旅も楽しみにしておると良いぞ!

さらばじゃ!

コメント

  1. 良子 より:

    利家さま

    おはようございます
    日記の更新ありがとうございます
    お天気が良く絶好のお城巡り日ですね

    最初の木造復元天守の言葉に魅力たっぷりです
    石垣も迫ってくるようで迫力満点です
    東北と聞くと足が遠退きますが
    いつかは見てみたいお城のひとつです
    ありがとうございました

    本日はお城納めですね
    お疲れさまでした
    一年お世話になりました
    来年もよろしくお願いします
    よいお年をお迎えください

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