【唐突に始まる家康問答!】
趣旨
さあさ、皆の者よ
此度も我がしたためし書をよく読んでくれた
今までは、大河を祝し我が人生にまつわる問答をもとに繰り広げておったが
皆の要望もあり、続けることとなった
故に、これよりも我が人生を通じて主らの生きる手助けになれば幸甚である!
前問答の答え
問:永禄六年(1563)三河一向一揆が初陣となった徳川四天王の一人はだれであろうか
答:三、榊原康政
榊原康政は三河一向一揆が初陣となった
しかし、兄の清政が上野城主である酒井忠尚の与力であったことから一揆側に与し、兄弟が敵味方になってしまうような状況であった
康政は自身が生まれたとされる上野城を攻めたが、矢作川まで押し出してきた酒井忠尚の軍を、巧妙な手口で退散させ功を挙げたのじゃ
。。。
問答
問:永禄七年(1564)、三河を統一した儂徳川家康は、軍制上、三河を東西に分け、東三河の旗頭には徳川四天王の一人を任じた
吉田城(豊橋市)を与えられたこの徳川四天王はだれであろうか
一、井伊直政
二、酒井忠次
三、榊原康政
四、本多忠勝
。。。
では答えは次回の発表であるぞ。心待ちにせよ。
家康
コメント
写し絵は天窓の付いた移動鉄籠でしょうか?
そんな鉄籠もあるのですね。籠内も明るくて良いです。
隠し撮りふうですが、秀吉様がずっと絡繰りを気にされている様子。
しっかりカメラ目線であったり。
二人の間で駆け引きがあったのかと深読みしてしまいます。
この度の問答はやはり筆頭でしょうか?
二、酒井忠次 様といたします。
そろそろ種によっては桜も咲き始めてまいりました。
梅と桜と共に楽しめる貴重な時期ですね。